2009年10月30日 (金)

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割と時間がかかってしまったが、ここにきてやっと覚悟が決まり、腹も括ったので、

自分の集めて来た手札を切って行こうと思う。

Betはだいぶ上がっている気がするけれど、

こっちの手札がはまれば、大丈夫だと、信じている。

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2009年10月 5日 (月)

*秋雨を眺む

雫の連なりが大地を横切り、ひたひたと湿らせていく。

ゆるりと止むことなく静かに降り進む秋雨は、

いよいよ真に秋の訪れを告げる。

雨向こうに見える景色はぼやけ、

聞き知りもののかそけき声ぞ、何処より聞こゆ。

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2009年9月24日 (木)

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人にものを頼むって、なんだろうね。

相手に時間を使わせる、相手の時間を使う。
どういう頼みごとかによるけれども、人生を80年としたら、80年×365日×24時間=700,800時間のうちの極々僅かなものかもしれない。でも、進んだ時間は覆水のように、その盆・・・その人の手元には返らないのは事実でもある。

そういう意味では、頼みごとをすることで、その人が持つ時間をこちらが盆から水を零してしまっているのかもしれない。

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同じ「時間」の話として、二十年生きてきた人のことを少し考える。

20年365日24時間を生きて175,200時間。一年間は8,760時間。多い・少ないと感じるかはまた別として、時間感覚(時間律)を一日24時間制の元に平均化した時には、人は20年生きたらそれだけの時間を過ごしてきたことになる。無為に過ごした一時間、物凄く充実した一時間、寝ていた一時間・・・そんなものが折り重なって、積み重なって、その175,200という数字を作り上げている。

「今」に至るまで「あっという間」だったにせよ、そこにはその重みが本当は誰にでもあるのだろう。純粋に「何時間」というだけで表せないとは思うけれども、それだけの時間を途切れることなく続かせているということは、やはり凄いことなのだろう。

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2009年9月13日 (日)

*夏が去り、秋が訪れるにあたって。

_igp0116 「夏が去り、秋が訪れるにあたって。」


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朝夕の風の冷たさと、あらゆる景色の中に混じり始めた秋の気配の裏で、夏がまた去っていく。季節が巡る。
また、来年。

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2009年6月 7日 (日)

*non titled

きっと、きっと、まだまだ青く、子供なのだろう。

早く大人になりたいとはあまり思わないし、青い自分を見てるもう一人の自分がそれを許してくれることが、とても嬉しいのだと思う。

Twilight -Breeze from Brazil-

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2009年5月30日 (土)

*non titled

きっと、それすらも遥か広大な世界の中の風に舞う一葉に過ぎないのだろう。

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2009年5月26日 (火)

*non titled

他人の形作った自分、が強ければ、それはある意味とても楽なものだ。

それに当てはまれば、そういう風に生きていけるし、

もし自分が違うとするならばそれと真っ向から戦えばいい。

そこまではっきりしているからこそ、自我がもち易くなる、ということもきっとあるのだろう。

価値観の多様化、際限の無い受容は時に、輪郭を溶かしてしまう気がする。

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2009年5月24日 (日)

*non titled

紆余曲折を経て、やっと自分自身が何をすべきか気付けた気がする。

間違っててもいい、とりあえず今の士気は悪くない。

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2009年5月20日 (水)

*non titled

走り出そうとした瞬間に大こけして出来た傷が、やる気を割りと削いでいたり

こけたショックで色々と飛んでいたことが、あって

そのことが、改めて思うと、とても悔しいのだ。

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2009年5月 9日 (土)

*non titled

まあ、そんなわけで、あと七ヶ月間は死ぬつもりで生きます。

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2009年5月 3日 (日)

うぅむ

探す編曲が片っ端から、本業の傍ら的なあまりパッとしないものばかりなので、ついカッとなったものの、実際にやってみるとオーボエとかファゴットとかこういう曲調で使い方が判らん・・・

まじめに音源捜すしかないのか・・・

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2009年4月30日 (木)

*non titled

時間は覆水のように戻らぬものだ。

だからこそ、自分の手元においておける時間に対して手を抜くというのは、とても失礼であり、勿体のないことなのだろう。

自身の勘を信じて、力いっぱい遠くに投げるのだ。

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2009年4月11日 (土)

*non titled

故に、蒼天を仰ぐのだ。

幾ばくかの迷いを捨てて、再び、前へ。

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2009年4月 5日 (日)

*non titled

遠いなぁ。

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2009年3月27日 (金)

*non titled

然らば今しばらく、お達者で。

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2009年3月 4日 (水)

*will not

考えて選べ。選択したら、そう簡単にここにはもう戻れない。

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2009年3月 3日 (火)

*雪が降る

雨降りの組曲、より『雪、或いは夢』

春先のこの雪は、静かに積もっていく。

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2009年2月25日 (水)

*non titled

次は何処へと自分を投げ入れるべきか。

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2009年2月20日 (金)

*三位の心得

体を養い、技を培い、心を育てる。

体が支え、技が現し、心が創る。

体で、技で、そして心ですすみひらく。

心技体、それはある意味では全ての根幹に通ずる事柄なのだろう。

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2009年2月15日 (日)

*忘れていたこと

人の手によって演奏された音楽には奥行きがあることを、すっかり忘れていた。

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2009年2月10日 (火)

*充電期間

なにもかんがえずにねむる。

なにもせずにねむる。

ちょっとつかれたから。

すこしのあいだだけかんぜんにやすむ。

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2009年2月 4日 (水)

*知性の形として

―ある事柄について理解し得ない愚者の愚かしさを笑うのではなく、その愚者に自らの説明では理解させることが出来ない、その己自身を恥じるべきである。

なんとも、見習わなければいけないと痛感した日であった。

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2009年1月 9日 (金)

*『雨降りの組曲』 -The Suite for Rainsfall-

色々とやってきて、色々と考えてきて。

大げさに言えば、音楽による情景描写は可能か?ということについての、自分なりの回答だったのかもしれない。

web アルバム『雨降りの組曲』
http://www2.rikkyo.ac.jp/web/07hm011b/suite_rain/enter.html

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2009年1月 1日 (木)

*2009年にて

あけましておめでとうございます。

いらっしゃい、2009年。さようなら、ありがとう2008年。

今年も宜しくお願いします。

追記:
第三回放送分が公開になりました。新年早々時間を持て余してる輩は聞くがいいさ。

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2008年12月15日 (月)

*non titled

過ぎ去っていく時間が、通り過ぎていく瞬間が、音も無く、風のように早く消えていく。

加速した風景は、その色が混ざることも無く・・・むしろ鮮やかに過ぎる色彩を帯びて、だからこそ寂しさが混じるのだった。

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2008年12月 7日 (日)

*non titled

その「言葉」では・・・その“表現”では届かない。

もっと前へ。

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2008年10月26日 (日)

*夢の間

続きを読む "*夢の間"

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2008年9月10日 (水)

*non titled

きっと、何も気にせずに、何も背負うことなく、他のものに見向きもしないで、

守るものも、失うものも持たずに、その身だけのままで、

ただただ真っ直ぐに、何処までも真っ直ぐにがむしゃらに突っ走れるのは、

きっと今が最後なのだろうな。

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2008年7月 4日 (金)

*In the June

「六月の間、僕は一体どこにいたのだろうか?」

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2008年6月30日 (月)

*七月の呼び声

改めてみれば色々と思い当たる節もあり、なんだ、ただそういうことだったのかと振り返る。勿論、きっと色んな要素が絡み合ってるには違いないのだろうけど、根本はそこなのだ。

何処からか雨音の合間を縫って七月の呼び声が聞こえる。六月の雨、梅雨と共に時はゆるりと流れていき、夏が来る。

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2008年6月28日 (土)

*不調和

「誰だって調子の悪い時がある」

村上春樹の小説に出てくる言葉。真実ではあるけれど、さりとてそれが慰めになることもない。本当は、そんな時は何もせず、穴の中にうずくまって冬をやり過ごす蛇の様にしてればいいのだろうが、そうもいかないものだ。

それで、一体どっちに進めばいいんだい?

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2008年6月25日 (水)

*Twilight

黄昏、ざわめいて、遠くへ、もっと遠くへ。

Title4 Jazz Samba / Twilight -Breeze from Brazil-
in 2004-2005.

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2008年6月20日 (金)

*時間律

時間は決して同じ時を二度と繰り返したりはしない。

同じ季節が巡ってきても、そこにあるのはあなたにとって同じ季節ではないはずだ。

あらゆるものは変わり、代わり、替わりゆくものだ。生きているものは特に。

淀んだように見えた時間が再び、動き出す。気付かぬ内に手から滑り落ちる。

明日に繋がる今日があり、今日のための明日があるのだ。

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2008年6月19日 (木)

*逆巻く力

海だよ。私は。

そういうものだ。

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2008年6月13日 (金)

*私的な話2・・・もとい返信

誰かに、そういわれたりしたわけではないけれど、まあきっと生き急いでいるのかもしれないな。流れ過ぎ去る時間が、絶対に戻らないことを理性ではなく、心の底に響く実感として感じた時から、きっとそういう生き方をするようになったのだろう。

かくもあはれなるうたかたのよにて、われはせいてすごしたるか。

とふひとありけれど、さりとてこたふるべきこたへをもちあわせたらむ。

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2008年6月12日 (木)

*私的な話

世界のあらゆる事象は、かくて自分自身の存在さえも薄氷のように脆いものだ。色即是空。聊か古い考え方だとは思うのだ、が。

そして、「生」と「死」の関係について、死というのは生の末端-一つのゴールとしてあるものではない。きっと「生」の中に死があるわけでも、ないと思うのだ。

むしろ、「死」の中に「生」があるのであり・・・そのことだけが、一つの救いとなりうる気がするのだ。

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2008年5月29日 (木)

*non titled

人としてのこころを持って生きている以上は、やっぱり心が荒む瞬間と言うのは必ずあるものなのだなぁ。

何時だってこの世界には、この世界を愛しつつ、片や嫌悪しつつの愛憎入り混じった、矛盾孕んだ感情で挑んでいるけれど、心が荒んでいる時は後者の割合が大きくなってしまうものだ。

それが、こころにいるもう一人の自分の目線から見ると、とても寂しいことに映るのだよ。

きっとそんな心の荒みの原因も、ただただ少し疲れてるだけなのだ。

少し、休みなさい。

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2008年5月15日 (木)

*夢と現実の狭間で

水の中を泳ぐように、夢の中を泳いでいた。

眠りは時として毒になるのだと、今更知った。

病に侵されたときに見えたものは、この世界のあまりの余所余所しさと、吐き気のするほどの妙な景色だった。

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2008年5月11日 (日)

*nontitled

陽の光すら届かない様な、深い絶望の先にあるものを見てから、もう一度考え直すんだな。

きっと、よく目が見えるようになってるはずさ。

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2008年5月 4日 (日)

*雨の教え

ある意味において、自分が既に死んでいる存在だと思うならば、あらゆるものが愛しく見えるものだ。

ある意味において、そんな自分を受け容れることができるならば、色んな人が、とてもそれぞれに稀有な存在だということに、気づくものだ。

そんなことを、雨はよく教えてくれる。

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2008年4月28日 (月)

*non titled

矛盾してないものなんて、存外につまらなかったりするものだ。

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2008年4月16日 (水)

*Stories of Stars

“人生は一つの物語だ”という誰かの言った一綴りの言葉は、決して間違いではないと思う。けれどそれ以上に、あえて物語と言うもので人生を例えるならば、“幾つ物交錯した連作短編が大きなうねりを持って、一人の巨大な物語を作り出している”という方がしっくりくる気がする。(勿論、一つの物語、という風に言った時にそれが全くの一本で完結した、可逆性のないもの、と解釈しての話だけれども)

その人自身の中では勿論、ずっと物心ついた頃からの「自分と言う主人公のための物語」なのだろうけれど、他者からみたそれは、その人の口から語られた話・・・或いは共に体験した話による“短編”でしか読むことのできない物語なのだ、と。

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2008年4月10日 (木)

*non titled

ただ純粋に、何も考えないで、感覚のままに真っ直ぐ。

計算も何もなく、物事と向き合って、自分の持てる力を全てぶつける。

忘れていたような、シンプルな物凄い良い気分が、そこにはあったのだ。

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2008年4月 1日 (火)

*non titled

痛い思いをしているのに「痛くない」と強がる・・・それは本当の「強さ」でも何でもないのだろう。その痛みを、正面から受け止めて、ちゃんと「痛い」と言えること、それが強さなんじゃないだろうか。

或いは、楽しいときには「楽しい」といえて、辛い時には「辛い」といえる。見てみぬフリをして、鈍感なフリをして、様々なことが自分の上を通り過ぎていくのを待っている。もう、全てを諦めた様な顔をして、全てを悟ったよな澄ました顔をしている。

そうやったとして、見えてくるのはモノトーンの寂しい世界だろうに。

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2008年3月23日 (日)

*non titled

“平凡な日々”というのは、実際にはありえない。

もしそう自分の人生をそのように思っているならば、それは自分自身の人生と、或いは自分の周りにあるあらゆるものと、「本当の真正面」から向き合ってないだけなのだ。

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2008年3月16日 (日)

*"Wines and Musics"

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2008年3月15日 (土)

*non titled

雨降りて 散りける桜 春の舞

かそけき日々は 夢の合い間に 

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2008年3月 5日 (水)

*non titled

多分、自分の好きなものは、自分で見つけて手に入れるからこそ、その人にとって本当の価値があるのだろうな。

ただただ与えられたものはだから、時としてその人にとって何の価値もないこともあるのだろう。

続きを読む "*non titled"

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2008年1月28日 (月)

*non titled

心配したり、愁いたり・・・何だかんだと、いろんなことを想っていても多分、それはそれで無駄なことだったり、当人にからしてみれば、そんなものは或いはお節介で余計なことだったりするのだろうね。

結局のところは、同じ地平に立っているということ・・・それだけは、やっぱり忘れてはいけないんだろうなぁ。

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2008年1月19日 (土)

*セ

かつて私にとって二年前と一年前のこの土日が、一つの最大の決戦だったように…今年もまた多くの人々にとっての天王山で、正念場なのだろうな。

そんな人々に、一抹の幸福あれ…意志を貫き、意地を見せるチャンスを。

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2007年12月19日 (水)

*non titled

今こそ気を吐けよ・・・最悪条件下からが、本当の正念場だろう?

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2007年12月12日 (水)

*non titled

多分、これまでも、これからもずっと、何かが始まる楽しさと、何かが終わっていく寂しさを、何回も何回も繰り返し経験して、両手に抱えきれないほどに感じながら、生きていくのだろうな。

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2007年11月27日 (火)

*non titled

自分で責任を背負い、自分の足で歩いていく覚悟がないなら、そこで止めてしまえ。例え、ボロボロになって膝をつき泣き喚いても、覚悟もなく、自分で立ち上がろうともしない人間に手を差し伸べる気はないよ。どうしてもやりたいことを貫き通す時に、人の手を借りるというのは、そういうものだろう?

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2007年11月20日 (火)

*夕焼け

夕焼けそのものがドラマチックで、ある種悲しみを伴った美しさを持つのは、やはり一つの「終焉」の象徴だからだろうか?

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