*落日の陽
何だか、ここのところ夕方家にいると、ずっと夕焼けの写真ばかり撮っている気がする。
秋は、空気中の湿気が大分落ち着き、乾いているためか、何処か景色がクリアで、夕焼けも美しい。秋晴れの日などは雲もなく、ずっと遠く、富士山に寄り添うように沈んでいく夕日がくっきりと見えるし、何より、夕日に照らされて黄金に輝く景色というものが秋が一番美しく映えるように思う。黄や赤、そして常緑樹の緑が緩やかなグラディエーションを成し、そこに薄っすらと、しかしはっきりと夕日の燃えるような橙が被さっていく。見ていて飽きないし、そんな光を夕日が放ち始めたら、もう夕焼けも最終楽章みたいなもので、10分もせずに夕闇がすっぽりと覆っていってしまう。そもそも、見飽きる前に美しく終わりを迎えてしまうのだ。
何より、最近は滅法、陽が落ちるのが早い。四時半にフト空を見上げても、既に太陽が景色の向こうに身を隠してしまって、幽かな残光が空の端っこにグラディエーションを残しているだけだったりする。それは、何か一日の重要な締めくくりを見逃したようで、少しだけ、悔しい心持がしないでもない。
にしても、夕焼けというものがあると、どうにも景色に箔が付くと言うか、何処で見る夕焼けの景色というもそれなりに見えてしまうのは何だか不思議だ。新座の夕焼けも、池袋の夕焼けも、或いは地元の夕焼けも、それぞれいつもの景色が三者三様に夕陽の色に染められて、いつもと違う表情を見せる。そこにあるものが、一々ドラマチックで何か曰くありげなものの様に見え、夕焼けと対を成すような地上の陰が、何か意味を持った暗がりとして迫り、頗る寂寥を誘う。きらきらと、光の粒子が拡散して、消えて、潰えて、夜に溶けていく。
・・・今日もまた、一日が終わっていった。
11/23撮影
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